凛として走る

30歳、0からスタートという思考。

私は現在32歳。

父は60台前半。

 

父は私の年齢の倍、生きている。

 

ここ数年の私は

自分の人生はこんなんでいいのかな?

的なことを悩むようになった。

 

いろいろ・・・

 

という言葉で片付けるとして、

 

結果、仕事をやめた。

 

今の私が出来上がって約30年。

もし0才になったとして

30才になったら同じ様になるのだろうか?

 

多分ならない。。。

 

が、

時間的に考えると同じ30年。

 

ということは

今までの30年間に不満があるのなら、

今からの30年は非不満(こんな言葉ない?)に

することができるかもしれないということだと思う!

 

なぜなら、

いままで不満を味わっているから。

 

30年後(約60才)で

非不満状態になるにはどうしたらいいか?

を60才から逆算すればいいだけである。

 

だけ・・・である。

 

===

 

何をいいたいのかっていうと、

今からでも変わることができるだろう!

ってこと。

 

最近見たテレビ番組で

「いいことなんか何一つない人生だったけど、

 〇〇さんが救ってくれた。」

的な発言があった。

 

昔からだが、

私はどうもあまのじゃくになる傾向がある。

 

いいことなんか何一つない?

 

いいこととは?

まずなんなのだ?

と問いたい。

 

オリンピックで金メダルをとること?

お金持ちと結婚すること?

総理大臣になること?

 

これらは極論からもしれないが、

いいことを言葉にできないと

いいことはできないのではないかと思う。

 

付け加えて、信じること。

高齢者を呼ばれる年令になって

フルマラソンの世界記録をとる

なんて目標はなかなか難しそうである。

 

けれども、

可能性は0ではない。

 

が、

0から100に近づけるために、

一番若い”今”動き出さなければ

0に近づいていく一方である。

 

夢的なことがあるなら

始めるなら”今”すぐなのである。

 

===

 

こんなことに気づくのに

私は数百冊の自己啓発本を読んだと思う。

 

自分の成功を叶えるのは自分である。

人に成功と呼ばれるものを与えてもらっては

たぶん、

成功したと思わないし思えない。

 

また、極論ですが、

家や衣服がない人の夢が

自分の家を持って安全なところに住む。

的なことだとしよう。

 

ちなみに私は、

自分の家を持って安全なところに住む。

ということは

生まれた瞬間にかなっているから

夢にも思わないし、

夢すらならない。

 

生活が貧しい人や裕福な人に

対して何かをいいたいのではなくて、

なんのために?

何をするのか?

ってことを考えることが

自分のこれからの人生を

楽しいものだったり

充実したものになるのではないかな?

と思うわけです。

 

===

 

とりあえず

私の場合は、

32年間生き延びることができて、

日本にいる以上平均年齢あたりまでは

生きるであろう人類であると思われる。

 

それまでには何十年もある。

モノや情報があふれているこの時代。

自分が何を望むのかを

ある程度絞って、

グーグルで

「死に直面して後悔することリストTO10」に

のるようなリストは

後悔しないように生きたいなと思った

今日一日でした。

 

===

 

走りながら

いろんなことが浮かんできたので

文章に残してみました。

 

私はとりあえず

1日の1/3~1/2をついやしていた

仕事をやめました。

 

日本に生きている以上

経済的自立は必要ですが、

好きでできる仕事をやっていこうと思っている次第であります。

 

まとまりのない文章で失礼いたしました。

今日もいつもの場所に鳥が・・・

この子たちは自由なのだろうか??